アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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ムーティとフィラデルフィア管

2月13日、フィラデルフィア管はリッカルド・ムーティを指揮者にむかえ、資金集めのためのコンサートが開きました。

僕はどうしても都合がつかなくて聴きに行くことができなかったのですが、新聞などを読んだ限りでは大成功だったようです。一連の記事について「南イタリアの申し子~リッカルド・ムーティ」さんがまとめてくださっています。

この街でのムーティの評価は微妙なものがあります。知人のあいだでも「大好きだった(実にブリリアントな音楽だった)」と「大嫌いだった(あいつは自分に酔っていただけだ)」と、両方の意見がありますし。お年寄りとそういうお話をすると、「オーマンディは本当によかったなあ」なんて遠い目をされることもあります。

ちなみにこの街のタワー・レコード、クラシック音楽コーナー担当のおっさんは大の「ムーティ・ファン」。
先日もスクリャービンの交響曲のCDをいろいろと見比べていたら、ガーっと飛んできて、しゃべり倒された挙句にムーティ/フィラデルフィア管の全集を買わされてしまいました。結構高かったんだよなあ。

いわく、「君がお金を節約したいとかそういう目的でスクリャービンのCDを買おうというのならこっち(アシュケナージ)だろうけど、音楽に熱狂だとか感動だとかそういうのを求めるのならムーティだよ。それにこれ、あんまり売ってないんだぜー。ま、一介のムーティ・ファンのいうことなんて、聞き流してくれていいんだけどさ。」
そんなふうに言われて、アシュケナージ買えるわけないでしょう。まあ、確かにいい演奏だったからよかったですけど。でも「熱狂的」ってのはちょっと違うんじゃないですか?(個人的にはムーティ/フィラデルフィア管の魅力は「微温」な感じだと思っています。)

ムーティの特別演奏会の前後にはいろいろと新聞に記事がのったのですが、2月10日のPhiladelphia City Paper紙の記事が一番読みやすくて面白かったです。

13日のコンサートには昨年五月にオーボエのウッドハムズやティンパニのドン・リウッツィ、ヴァイオリンのラリー・グリカといったメンバーがウィーンでムーティと食事をし、また一緒に演奏したいねと話しあったという伏線があったこと、このコンサートではムーティはノーギャラなことなど面白いことを知りました。

また、ムーティのフィラデルフィアという街への愛憎模様についてもいろいろと書いてありました。前任者オーマンディと比較され続けたこと。フィラデルフィアに住もうとしなかったことへの批判。チャイコフスキーやラフマニノフといった派手な音楽ばかりが喜ばれることへのフラストレーション。「アメリカのオケは技術的にはすばらしいが”senz'anima”(魂がない)だ」という発言に彼の苦悩がよくあらわれています。

一番ショッキングだったのは下記の発言。

“In America, the people interested in culture are very few, and they are usually of European origin. The culturally literate are a very small part of society, almost like a ghetto.”

言っちゃうか、そんなこと。
まあ、「この発言のどこかに事実と反するものはありますか?」といわれたら、なんとも答えられないのですが。でもねえ。

ただしこういうところで書かれている発言やエピソードが一字一句正確かというと、そうとは限らないでしょう。そういうことを頭の片隅に置きながら読むべきですね。
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by ring_taro | 2005-03-03 06:33 | フィラデルフィア管弦楽団