アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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想像してごらん

フィラデルフィア管弦楽団がアジアに行ってしまいました。

日本の皆様には楽しみな毎日でしょうが、僕には退屈このうえない日々です。
そもそもこのBlogの更新をするにもネタがない。

というわけで、相当古いものですが、興味深かった新聞記事をご紹介します。

“想像してごらん
もしマゼールがここにいて
エッシェンバッハがニューヨークにいることを”

これは今年1月23日、ニューヨーク・フィルがフィラデルフィアで公演をする直前にThe Philadelphia Inquirer紙に書かれたデビット・スターンズ氏による記事のタイトルです("Imagine: Maazel here, Eschenbach in New York")。

彼はマゼールとエッシェンバッハの特徴を、ニューヨークとフィラデルフィアという二つの街の気質とからめて論じています。そうかなあと疑問に思うこともいくつかありましたが、とても面白い記事でした。拙い訳で申し訳ございませんが、下記がその記事の全文です。
(訳に対する苦情、原文に対するお問い合わせ等がありましたら、メールをください。)

******
そんなことを考えるのはいけないことだとわかっていても、フィラデルフィア管弦楽団のサポーターは、(少なくとも時々は)ニューヨーク・フィルハーモニックの定期会員の方がいい思いをしているんじゃないかと気がかりになってしまう。特に今は―フィラデルフィアがクリストフ・エッシェンバッハとの二期目のシーズンでまだ落ち着いていないときに、ロリン・マゼールがニューヨーク・フィルの音楽監督として始めて金曜にキメル・センターにやってくるのだから。

歴史は逆になりえた。エッシェンバッハはニューヨーク・フィルの音楽監督の座をめぐっての最大のライバルだったのだし、もしマゼールが2000年11月のフィルハーモニックへの客演で上手くいかなかったらエッシェンバッハがそのポストについていたかもしれない。そうしたら、オーケストラの作用として容易に想像できることだが、マゼールがフィラデルフィアに来ることになったかもしれない。もしそうなっていたら、彼らはその才能を無駄にしていただろうか?それとも、もっとよい結果になっていただろうか?

こういった疑問の答えを金曜のコンサート(マゼールが特に得意とする作曲家たちのプログラムだ。何しろラヴェルの「ダフニスとクロエ」にスティーヴン・ホフをピアニストに迎えたラフマニノフなのだから)で得ようとするべきではない。一回のコンサートでその人の仕事ぶり完全に描ききることは困難だ。ましてやこの街―オーケストラの音楽監督が街全体の文化的な雰囲気を決定づけてしまうほどのインパクトがある、この街では。ニューヨークでなら、マゼールは大勢いる中の一人にすぎない。[音楽監督が誰であるべきかという]答えは、すべからく「この街が何を必要としているのか」という事に基づいていなければいけない。「何を欲しているのか」ではなくて。

薄っぺらいことを言うならば、シックでコスモポリタンなエッシェンバッハには、ニューヨークのヨーロッパ中心的な音楽社会があっているだろう。彼の舞台の外での穏やかな人柄は、かつての横柄なイメージからはうって変わったナイス・ガイ版ニューヨーク・フィル(最近の客演指揮者は「客演できてよかった」なんて言うのだ)と馴染む。

マゼールはフィラデルフィアの争い好きな気質にぴったりかもしれない。今やこのオーケストラの近年の労使交渉における妥協なき姿勢は、「伝説のフィラデルフィア管」を産業社会のタフ・ガイに変えてしまったのだから。マゼールはウィーン国立歌劇場の地位を騒乱の中で生き残ったし、それに彼ならフィラデルフィア管の頑固な年配奏者たちを引退させることができるかもしれない。(もし必要ならセメントでできた靴を使ってでも。)

しかしコミュニティに対する貢献のことを考えるとどうだろう?社会的人格は?長期的な視座で考えると?どちらの指揮者も人好きのする人間ではしないし、プレスとの良好な関係も築けていない。マゼールが本当に自分のことしか考えない人間なのかどうかは置いておくとして、彼の振る舞いがあまりにそのように受け取られるので、彼は公共の場であまりしゃべらなくなったし、自分がどれだけ傲慢な人間に見られているのか気の許せる友に聞くようになった。

エッシェンバッハはエッシェンバッハで、まったく別の問題を抱えている。演奏前のトークで彼がしゃべっているのを聞くと、まるで寝起きみたいだ。もちろん彼が努力をしているのは認めなければならない。フィラデルフィアの音楽愛好家はこの演奏前のトークが大好きなのだ。それに彼はやればできるのだ。1月10日のマーチン・ルーサー・キングJr記念コンサートでは、彼はピアニストとして登場しただけでなくキング牧師についてのスピーチを確信と雄弁さをもってやってのけた。

どちらの指揮者もあまりの「空気の読めなさ」で人をいらつかせることがある。それはここ最近の数シーズンでより顕著になってきた。エッシェンバッハは彼の旧友であるチモン・バルトをしょっちゅう呼び戻してくる。彼が余りに酷いブラームスのピアノ協奏曲第二番を、奇妙な即興の詩の朗読と不快なバックステージでの立ち振る舞いとの合わせ技でやってのけた後でもだ。マゼールは定期的に彼にとってはじめての楽器であるヴァイオリンを弾きたがる。しかしそれは伝え聞いたところによるとチモン・バルトのピアノを聴く方がましというような恥ずかしいもののようだ。

エッシェンバッハもマゼールも奇妙な(しかし正反対な)演奏面での変化をおこす。エッシェンバッハは必ずしも同一プログラムの最初の日の演奏がベストとは限らない。リハーサルで彼は危険だと思う部分を集中的にさらうので、彼の解釈が初日にしっかりと出来上がっているとは限らないのだ。

マゼールは初日に強烈な演奏をしそんじるということはまず無いが、日が経つにしたがい次第に演奏がフ抜けたものになったり奇妙なものになったりする。まるで彼自身が退屈するのを避けようとしているみたいだ。先週ニューヨークにおいて彼は、モーツァルトの交響曲第29番で気合と趣味のよさをともなう、とても入れ込んだ指揮をした。しかしベートーヴェンの第九のバスーンのソロを、まるではったりか冗談かのようにしてしまった。あるいは「フィデリオ」の演奏会形式での上演のとき、グランド・フィナーレになるまで彼はまったく汗をかこうともしなかった。こういったことが彼をつかみ所がない指揮者にしている。彼は私たちを星の高みにまで引き上げてくれたかと思ったら、いきなり急降下させるような目にもあわせる。

それでも、マゼールの躍動するテンポ、鮮やかなバトン・テクニック、そしてスタンダードなレパートリーを好む姿勢は、前音楽監督のウォルフガング・サヴァリッシュに培われたフィラデルフィアの趣味にぴったり合うかもしれない。ちょっとやそっとの刺激では物足りなくなってしまったニューヨーカーたちは、エッシェンバッハの主観的でテンポ自在な解釈と、よく練られたプログラミング(例えば最近のルチアノ・ベリオの曲とワーグナーのパルシファル第三幕という考え抜かれた組み合わせなど)に夢中になるかもしれない。フィラデルフィアの人々は、マゼールによるエキサイティングだが芸術的には疑問が残る「指輪」の管弦楽組曲版(16時間にも及ぶ「ニーベルンゲンの指輪」伝説のグレーテスト・ヒッツのようなものだ)の方が喜ぶかもしれない。

それでも、私は両指揮者が現在最良の場所にいることを確信している。ワーグナーとはあまり縁が無いフィラデルフィアにおいては、パルシファルから一幕を取り出したもののほうが、本質からはかなり離れて歪められたものよりもよかったと思う。

マゼールが退屈なコンサートをしたとしても、ニューヨーカーにとっては、その週のうちにもうすばらしいオーケストラ・ミュージックを聴く機会がなくなってしまったわけではない。しかしこの街ではどうだろう。フィラデルフィア管弦楽団に変わるものなど無いのだ。それにこの街特有のクエーカーの商人気質もあいまって、退屈な指揮などしたらそれはもう大事なのだ。かつての音楽監督リッカルド・ムーティの最後のシーズンについてこの街の人々が語ることを聴いてみるがいい。確かにエッシェンバッハもそのような感情的な事態に陥ったりする。たいていの場合は彼の論争を呼びがちな遅いテンポによるものだが。

いずれにせよ、金曜にマゼールの指揮のもと聴けるであろう、壮大でよく溶け合った音の競演を楽しもう。しかしそれを束の間の感動なだけにしないで、演奏者とコミュニティとの深い結びつきにしよう。ニューヨーカーにとってわかりきったことの再確認であることが、フィラデルフィアにとってはそれ以上のものになるかもしれない。フィラデルフィアの人々を安寧の地から引きずり出すような演奏会が、この街のコンサート・シーンに予期せぬ知的な活気をもたらすかもしれない。エッシェンバッハが違う色の鳥だということを知ることこそが、フィラデルフィアが彼の巣であることの理由になるかもしれないのだ。
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by ring_taro | 2005-05-18 23:49 | フィラデルフィア管弦楽団