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アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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ベートーヴェン 交響曲第三番「英雄」

参考CD バーンスタイン/ウィーン・フィル (DG)

最初にお断りいたしますが、僕はこの曲とナポレオンとの関係とか「ハイリゲンシュタットの遺書」とか、そういうのを語るのが苦手です。この曲が書かれた背景について知りたい方は、買ったCDのライナーノートや演奏会のプログラムをご参照ください。たいてい触れられています。

さて、ハイドンやモーツァルトの交響曲、あるいは彼自身による第一、第二交響曲などと比べると、この英雄交響曲はなんとスケールの大きな曲でしょう。この広大な感じは彼の九つの交響曲のなかでも群を抜いているのではないでしょうか。英雄を聴くにあたって、この「広大感」を楽しむことが大切です。

ただ、逆の見方をすると、聴いてて退屈に思ってしまうことにもなりかねない曲です。ヘタすると50分かかる曲ですし。幸い、四つの楽章はそれぞれ特徴的な音楽でありますし、自分のいる場所を見失わないようにしっかり聴いて、このでっかい交響曲を楽しみましょう。

一楽章は最初の二音とそれに続く緩やかな主題がほぼすべて。この冒頭のエネルギーが10数分間持続していきます。途中、曲想の雲行きが怪しくなったり風雲急を告げたりしますが、常に頭の主題が鳴っているかのような安定感。この豊かな音の流れに身を任せましょう。

二楽章は葬送行進曲。葬送行進曲の常として、重い足どりのなかで色々な思い出が去来します。例えば(5:04)くらいから少しだけ音楽が明るくなります。そしてこのトリオの部分が終わって再現部になると、楽章冒頭以上に音楽が厳しく荘厳になります。切なさと慟哭が一気に押し寄せてくる感じです。こうした音楽の移り変わりが、この楽章の魅力です。次第に音楽が途絶えていくような終わり方もすばらしいですね。

三楽章はスケルツォ(速いテンポで明るくて少しおどけた感じの音楽)。たいていスケルツォは主部→トリオ→主部という形になります。バーンスタイン盤の場合、トリオは(2:48)から始まり、(4:26)から再び主部に戻ります。トリオのホルン三本による狩猟的な音楽に注目です。

四楽章は自由な変奏曲の形式です。(0:13)くらいから弦のピチカートによって提示される旋律が主題です。その後、(0:46)くらいからの第一変奏、(1:19)からの第二変奏と、最初は単純だったメロディが次第に複雑に色づき始めます。最後は一気にテンポが速くなり、熱狂のなかこの交響曲は終わります。

参照CDとしてバーンスタイン/ウィーン・フィル盤を選んだのは、何よりもオーケストラの響きの素晴らしさからです。まずはこうした充実した響きの「英雄」を聴くことによって、この曲のスケールの大きさを堪能していただきたいです。

そしてこの演奏のもう一つの魅力は、四つの楽章を一つの音楽として結びつけて曲としての完成度を高めているバーンスタインの音楽解釈です。特に三楽章冒頭、快活ななかにも二楽章の葬送行進曲を引きずったどこか不穏な雰囲気が感じられるはずです。ここの部分、何度聴いても怖いです。

その次に聴いてほしいのは、トスカニーニ/NBC響盤 (RCA)。
1953年と多少古い録音ですが、その響きの引き締まり方をバーンスタイン盤と比べてみてください。バーンスタイン盤の響きがブヨブヨに聞こえることでしょう。テンポも全体的に早めですね。音楽の凝縮度、集中力こそがトスカニーニの魅力です。人によっては息苦しいとさえ思うかもしれません。

しかしトスカニーニのすばらしさはそれだけではありません。特に旋律の歌わせ方に、彼の音楽の「アツさ」を感じるはずです。音楽への煮えたぎる情熱を強靭な意志によって凝縮された器に閉じ込めた演奏こそがトスカニーニなのです。
一度彼のリハーサルの音源とか聴いてみてください。そらもう、すんごいですから。

最後に聴いていただきたいのがジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管盤 (Arte Nova)。
前の二つの演奏とあまりに違う響きに驚くかもしれません。ジンマン盤は最新の楽譜解釈と、ピリオド楽器(曲が作曲された時代の楽器)の奏法を取り入れたとても新しい演奏です。弦があまりビブラートをかけないで弾いたり、木管のソロにところどころ「遊び」があるのはそのためです。

たとえば面白いのは一楽章の7:00あたり。ホルンのソロで音が駆け上がって、てっぺんのAs(ピアノで言うとラのフラット)の音を聴いてみてください。この音だけ、詰まった金属的な音がしませんか?ベートーヴェンが英雄を作曲した当時、ホルンに音を操作するキーはなく、このAsの音を出すには右手をベルに詰めて吹くしかなかったので、こんな音になるのです。現在のホルンにはキーがついているので、こんな奏法をしなくてもこのAsは吹けます(バーンスタイン盤の8:00あたり)。こうしたピリオド楽器の奏法がそこかしこに聴かれます。

この演奏、テンポの速さに驚きます。(例えば一楽章は15:36。トスカニーニは14:12ですが、これは提示部の反復を省略しているからで、実際はトスカニーニより速い。ちなみにバーンスタインは提示部を反復して17:44。)この速さでも破綻することのないオーケストラの機能美はすごい。そして、ただシステマチックなだけではない、魅力的な各楽器の音色。特に木管が絶品です。
by ring_taro | 2005-08-18 21:44 | クラシックの曲紹介