アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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エッシェンバッハの音楽ができるまで

フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Oct. 07, 06)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

ブラームス: ピアノ協奏曲第二番
チャイコフスキー: 交響曲第六番「悲愴」

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
アンドレ・ワッツ: ピアノ

今回は書きたいことがたくさんあるので、さしあたって今日は「悲愴」のみ。

土曜日の演奏会の前に、木曜朝のオープンリハーサルを聴いてきました。面白かったですよー。ああ、こうやってエッシェンバッハの音楽はできていくんだと納得することがいくつかありました。

リハーサルで一楽章を通したとき、エッシェンバッハにしては随分と淡白でおとなしい「悲愴」だなと思っていたのですが、そこからエッシェンバッハの表情付けが始まります。

実は結構細かいところまで指示する指揮者さんのようです。
例えば弦と木管が交互に同じ音型を演奏するところで「木管が弦に比べてどこそこの音が少し長い。弦にあわせて」とか、管楽器奏者の一人の音程の悪さを指摘したりとか、気にくわないところがあると例えば1stヴァイオリンに何度もパート弾きをさせるとか。とてもドレスリハーサルとは思えない細かさでした。自分の大学オケ時代を思い出したりしましたよ。

あとはエッシェンバッハ名物のタメ、粘り、加速を仕込んでいく作業です。
例えば一楽章第二主題がヴィオラによって導入される部分、ヴィオラは最初あっさりはいったのですがそこで止めて「もっとじっくり。速すぎる!」とヴィオラのパート弾くをさせたりします。このようにしてどんどん音楽が「濃ゆい」ものになっていくのですね。二楽章に関しては、ヴァイオリンに露骨にポルタメントを要求する部分があったり。

リハーサルで一番驚いたのは三楽章の最後部分。エッシェンバッハはちょっと考えられないような凄まじいアッチェレランドをかけていきます。指揮通りに演奏したら音楽が崩壊するんじゃないかというくらい。ところがオーケストラはどこ吹く風。「お付き合い」程度のアッチェレはしますが、指揮とはどんどんズレていきます。で、三楽章を通しおえてすぐエッシェンバッハ氏は「遅い!」と叫びました。ものすごい緊張感だったなあ。

で、本番なのですが、リハーサルとはうってかわった完成度と気迫。特に金管の咆哮は鳥肌がたつほどでした。さすがプロですね。それにしても一楽章第二主題や二楽章のあの美しさはフィラデルフィア管でないとちょっとだせないものですね。
懸案の三楽章終わりですが、加速はするもののかなりの安全運転になってしまっていました。指揮とオケも完全にかみ合ってましたね。あのリハーサルの狂気の加速は何だったのだろう。。。

二年前にこのブログを書き始めた頃にも少しふれたことですが、エッシェンバッハ/フィラデルフィア管の音楽というものは、実は相当に両者の妥協の産物的な要素が強いのではないでしょうか。リハーサルを聴いてそのことをより強く感じました。少なくともエッシェンバッハの思い描く「悲愴」は、この日鳴らされたそれとはかなりの距離があると思います。

これは完全に僕の思い込みかもしれませんが、リハではオケと指揮者との間に結構な緊張がしばしば走りました。でも確かにエッシェンバッハのアプローチ(テンポ設定、旋律の歌わせ方や音量における表情付け)通りに演奏されたとしたら、相当にグロテスクなものができてしまう可能性もあるんですよね。少なくとも長大な曲を一つのものにまとめあげるという構成力という点では、かなり問題のある人だと思います。

フィラデルフィア管には長い歴史のなかで多く聴衆を魅了した名演・名盤を創り続けたという矜持があるでしょう。おのおののキャリアに裏付けられたプライドがあるのでしょう。そこで両者は折り合いを付けて現在私たちが聴いている音楽が出来上がるのだと思います。今ここで音楽が生まれつつある現場の証人となる興奮もありますし、同時にかなりの危うさのある音楽ですね。
これが例えばかつて氏が音楽監督を務めたヒューストン響のような「素直な」オケだと、よりナマのエッシェンバッハの音楽に近いものが出来上がるのだと思います。

パリ管との演奏会を聴いている人の感想とかもぜひ聴いてみたいなあ。パリでエッシェンバッハがどのような音楽をやっているのか。とても興味があります。

ところで「悲愴」もレコーディングされるようです。三楽章の後に予想通り拍手が起きてしまいましたけど。(四楽章の終わりはみんなすごい我慢してました。)
リハーサルで「バランスをチェックするために三楽章の終わりをちょっとやります。物音を立てないでください。」といって終わり数十小節をやってましたけど、あれはバランスのためじゃないね。拍手が起きちゃった場合にそこを切り貼りするためだね。間違いない。
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by ring_taro | 2006-10-08 23:56 | クラシックの演奏会