アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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ゲルギエフ再考

ウィーンでゲルギエフの指揮する『悲愴』を聴く予定なので、今自宅で同じコンビのCDを聴いています。

正直申し上げまして、ゲルギエフには若干の苦手意識があります。(「嫌い」というわけではないのですが。)あらゆる音楽を格調高く仕上げるその手腕は素直に感動するのですが、そのあまりに「出来上がった」音楽にたじろいでしまうのです。その思いはかつてカーネギーホールで聴いたキーロフ・オーケストラとのプロコフィエフの交響曲についての記事に詳しく書きました。(やっぱり、演奏会の感想を書き留めておくのは良いですねー。)ちょっと抜粋させていただきますと、

「音楽的なるもの」への強烈な意志。どんなにとんがった曲でも、とっちらかった曲でも、ひとつの「音楽」へとつくりあげていく手腕こそが、ゲルギエフ最大の魅力

なんて書いてありました。なので、現在出ているCDではプロコフィエフの交響曲全集、そのなかでも特に二〜四番が圧倒的に好きです。その反面、ショスタコーヴィチの録音はとても物足りなく感じました。この違いは何なのか、プロコフィエフとショスタコーヴィチとの本質的な違いがそこから見えてくるのではないかと考えたりします。そういえばいずれの交響曲でも優れた録音を残しているのはネーメ・ヤルヴィくらいではないでしょうか?

閑話休題。
このウィーン・フィルとの『悲愴』も、とても音楽的で格調高い演奏です。弦は艶やかで、金管の「9割がたの強奏」はまとまって美しく、非の打ち所のないものです。特にあまりに完璧な三楽章から若干の揺らぎを見せる四楽章への流れはすばらしいです。

ただ、聴き終わった後、同じオケを振ったマゼールの旧盤が聴きたくなってしまうのです。それがたとえ、オケが硬く、この時代のデッカ特有のギラギラした録音で、演奏は表面的でせっかちでまとまりを欠くものだったとしても。
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by ring_taro | 2008-02-07 20:48 | 音楽全般