アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28

2005年 02月 26日 ( 5 )

フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Jan. 28, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

モーツァルト: クラリネット協奏曲
チャイコフスキー: 交響曲第六番「悲愴」

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
リカルド・モラレス: クラリネット

フィラデルフィア管の"Late Great Works Festival"最後のプログラム。今回はモーツァルトとチャイコフスキーの晩年の曲です。

今日の演奏会ではこのオーケストラの新しい首席奏者でもあるモラレスのクラリネットが印象に残りました。
去年このオケを聴きはじめたころから透明で美しい音色のクラリネットだなとは感じてはいたのですが、同時にオケで吹くクラリネットとしてはあまりに繊細すぎやしないかとも思っていました。せっかくの音色も、フィラデルフィア管のギラッとした弦と混ざると存在感が薄くなってしまうのです。

しかしこのモーツァルトの協奏曲を聴いてからは、そんなネガティブなイメージもぶっ飛んでしまいました。今ではどんな曲中でもモラレスのクラリネットの音を無意識に探すようになる始末。これからは皆さんもフィラデルフィア管を聴くときはモラレスの音に要注目デス。

楽器というのは、擦るとか、叩くとか、振動させるとか、普通に考えたら不愉快なものにしかなりえない「音を出すという行為」を、鍛練に鍛練を重ねることによって、美しいものへと昇華させていくわけです。(だから僕たちシロウトの発する楽器の音はすべからく不愉快なわけですが。)乱暴にいってしまえば、そういった擦るとかふるわすとかいった行為を感じさせない音こそが、美しい音な訳です。

(注:「乱暴にいってしまえば」と書いたのは、そういった擦るとか、叩くとかいった行為を前面に押し出すことによって、美しい演奏をする人もなかには存在するからなのですが。)

モラレスの音はまさにそれ。音を発するという行為(クラリネットの場合はリードをふるわせるという行為)をまったく意識させずに、音だけがそこにあるといった感じでしょうか。そこには確かに見えるのに決してつかむことができない幻影のような、そんな音色でした。
いやー、いいもん聴いた。

悲愴も大変いい演奏でした。どうもエッシェンバッハはシリアスな曲をシリアスに指揮すればするほど、いい音楽になるようです。こちら側もそれをシリアスに聴く感じがいいと思います。(ネタ演奏としてではなしに。)

フィラデルフィア管はチャイコフスキーの大音量の個所ですら、金管はそれほどでしゃばらずに弦楽器をたてます。弦が最大の魅力であるフィラデルフィア管ならではといえるでしょう。金管が爆音でドバ~の「フェドセーエフ/モスクワ放響」的(偏見)なチャイコフスキーが聴きたい人には物足りないかもしれません。

しかしねえ、この街の観客というのは本当に酷いよ。この演奏会でも悲愴の三楽章が終わったあと、会場に響きわたるほどの拍手喝さいがありました。エッシェンバッハはそんな喝采のなか、四楽章を始めちゃうし。ぜんぜん聴こえなかったよ。ストコフスキー・シフトから弦の並びをかえた意味が、この四楽章冒頭でわかるかなーと楽しみにしてたのに。
ビックリしたのですが、まあこういう流儀が海外ではあるのかなーと思っていたら、隣に座っていた老人二人組みが「え、まだ終わりじゃなかったの?」とかひそひそ話しているし。なんだよ、みんなリアルに曲知らなかったのかよ。四楽章の終わりでも、まだ曲が終わってないのに拍手始めるし。(まあ、これはよくある話ですが。)

毎回こんなのばっかりです。この街の聴衆については書きたいことがいっぱいあるのですが、また別の機会に。

それにしても悲愴はコンサート向きではないのかなあと考え込んでしまいました。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 15:56 | クラシックの演奏会
フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Jan. 21, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

モーツァルト: 「魔笛」序曲
リヒャルト・シュトラウス: オーボエ協奏曲
リヒャルト・シュトラウス: メタモルフォーゼン
モーツァルト: ピアノ協奏曲第27番

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
リチャード・ウッドハムズ: オーボエ
エマニュエル・アックス: ピアノ

いつもフィラデルフィア管のプログラミングには感心させられます。

フィラデルフィア管は一月に"Late Great Works Festival"と称して、作曲家たちの晩年の曲でプログラムを組んでいました。今回はモーツァルトとリヒャルトの最晩年の美しーい4曲を堪能しました。

でも、10年近くアマオケで楽器吹いてると、こういうプログラムみて「あー、トロンボーンとトランペットの出番は最初の魔笛5分強だけかー、気の毒」とか、どうでもいいことを考えてしまうのですが。

ウッドハムズのオーボエは、目を閉じて聴いていると、さながらお花畑を舞う蝶のよう。ふわりと舞い上がっては、花にとまり。ってなにを恥ずかしい妄想してるんだか…。しつこいようですが、ホリガーとはとても同じ楽器とは思えません。あー、この曲大好き。

メタモルフォーゼンはフィラデルフィア管の弦らしく、とても色彩感豊かなであたたかみのある演奏。例えるならばピンク色か。本当のところを言うと、この曲はもっと透明な音色というか、うかつに触ると凍傷になってしまいそうな冷たさとか、そういう演奏が好みなのですが(そういう音楽だと思うし)、これだけ面白く聴かせてくれれば文句を言うことはできません。

アックスによるピアノ協奏曲では第二楽章冒頭がとても印象的。ピアノ独奏で始まり、その旋律をオーケストラが繰り返す部分、ホールの空間がさーっと色づいたように思えました。こういう瞬間に立ち会いたいがために、今日も演奏会場に足を運ぶわけです。

気になったのは今年に入ってから、弦の並びが

 1st Vn, Vc, Va, 2nd Vn

になったこと。去年まではたとえオール・バロック・プログラムでさえも、順番に高弦から低弦が並ぶフィラデルフィア伝統のシフト(いわゆる「ストコフスキー・シフト」)だったのですが。音楽監督エッシェンバッハの意向でしょうか?

正直な話、現在の弦のアンサンブルは若干ユルユル状態にありますが、それは仕方のないことでしょうし、すぐにリカバリーされることでしょう。でも、現在の流行かどうかは知りませんが、個人的な好みをいわせていただければ、フィラデルフィア管のヴァイオリンは1stと2ndが並んでムワーっとエロい音を出してなんぼだと思うわけです。

ま、僕の好みなど知ったこっちゃありませんが。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 14:38 | クラシックの演奏会
ジュリアード・カルテット演奏会 (Jan. 19, 05)
キメル・センター、ペレルマン・シアター

シューベルト: 弦楽四重奏曲 D. 703「四重奏断章」
モーツァルト: オーボエ四重奏曲 K. 370
カーター: オーボエ四重奏曲
ドヴォルザーク: 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」

ジュリアード・カルテット
ハインツ・ホリガー: オーボエ

プログラムによると、ジュリアード・カルテットはその結成メンバーは現在一人も残っていないようです。1946年結成。そりゃ、残っているわけないわな。
僕がCDで聴き親しんでいたジュリアード・カルテットといえば、ロバート・マンのフワ~としたヴァイオリンが印象的なベートーヴェンやバルトークだったわけですが、そのマンも1997年に引退したそうです。ぜんぜん知らんかった。

僕は弦楽四重奏というものにはまったく詳しくないのですが、メンバー交代を繰り返しながら何十年もその四重奏団の名を維持し続けるというのは、決してめずらしくはないのでしょう。そんな歴史の流れのなかで、どうやって四重奏団としてのアイデンティティを維持していくのか、音楽自体がどんどん変わっていっちゃうのではなかろうか、なんてことを演奏会のあいだ考えてました。

この演奏会ではとにかくホリガーのオーボエに度肝を抜かれました。こんなオーボエ、今まで聴いたことがありません。

とにかくその音の強烈なこと!音自体がなんかヤバ目の放射線でも出ちゃってるんじゃないかといわんばかりの圧倒的な熱量。「北風と太陽」なんて童話がありますが、聴いてて服を脱ぎたくなっちゃうような熱さでした。

この演奏会の二日後にリチャード・ウッドハムズによるソロでリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲のとても美しくてチャーミングな演奏を聴いたのですが、とても同じ種類の楽器から出た音とは思えません。

「情緒」がなんじゃい、「典雅」がナンボのもんじゃい、「詩情」なんぞ犬に食わせてまえ、信じられるのは自らの「音のチカラ」だけなのだといわんばかりの、ホリガーのオーボエ。カーターの四重奏曲のようなコンテンポラリーな音楽であればとーってもよくなじんでいるのですが、モーツァルトとなると、もう聴いててクラクラしてきます。いやー、すごかった。

ジュリアード・カルテットの音楽も、どちらかというと各奏者の音の力で勝負するアンサンブルのように聴こえました。ホリガーとは相性抜群。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 13:42 | クラシックの演奏会

人間の声って、凄すぎ

Bobby McFerrin featuring Voicestra (Jan. 16, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

友人に誘われてボビー・マクファーリンのコンサートに行ってきました。

僕はこの人の音楽はちゃんと聴いたことはなかったのですが、指揮者としても活躍されているそうですね。ぜんぜん知りませんでした。

マクファーリンと「ヴォイストラ」という名前の男女それぞれ6人づつのヴォーカリスト集団によるアンサンブルに、曲によってはフィラデルフィアの高校生たちの合唱が加わる演奏会でした。つまり器楽による伴奏は全くなしのア・カペラ。

基本的にコール・アンド・レスポンスのかたちで音楽はすすんでいき、それが舞台後方の合唱団まで広がっていったり、たまに客まで巻き込んだりして、終始愉快な演奏会でした。客いじりがうまかったなあ。

しかしマクファーリンは高音から低音まで、実にありえないくらいの音域を出せるものですね。その脅威のテクニックを駆使して、ヴォイストラのつくりだすよせては返す音の波を自由に楽しそうに泳いでいる感じでした。

僕たちは舞台の側面のあたりの席だったので、合唱高校生たちのとなりに座ったのですが、まー、あいつらうるさいわ。やかましいし下品だし。でも、歌いだすときれいな歌声なんだよね。
今年の正月に日本で観た映画『ベルリン・フィルと子どもたち』をちょっと思い出した。あれは歌じゃなくて踊りだったけど。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 12:49 | ジャズ

そろそろちゃんとします

b0044005_1218147.jpg
そろそろちゃんとします。
とりあえず今年になっていったコンサート等の感想なんかを書いていきます。

よーし、がんばるぞー。(空元気)
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 12:22 | ひとりごと