アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ:クラシックの演奏会( 39 )

ニューヨーク・フィルハーモニック演奏会 (Jan. 28, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

オネゲル: パシフィック231
ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第一番
ラヴェル: ダフニスとクロエ

ロリン・マゼール: 指揮
スティーブン・ハフ: ピアノ
ウエストミンスター交響合唱団

この直前の記事と見比べて「あれ?コンサートの日付が同じじゃない?」と思ったそこのあなた。間違いではありません。
またやってしまいました。適当にいろいろな人とコンサートに行く約束をしてチケットを買っていたら、一日に二回コンサート。ダブル・ヘッダー。

だって同じホールで昼にフィラデルフィア管が演奏会やって、夜にニューヨーク・フィルがやるなんて思わないじゃない。思いますか?まあでも、贅沢な話ですよね。どちらもすばらしい演奏会でしたし。うん、贅沢な話だ。

というわけで、ニューヨーク・フィル、フィラデルフィアに来たる!

基本的な感想は前に書いたものとほとんど変わりません。

あいつら絶対、前半のプログラムは手を抜いてるよ!
9月に聴いたときもそうだったけど、前中を聴いているときは「うまいし、いい音だなー」程度しか思わないのです。メンバーもちょっと落としている感があるし。

休憩後、ついにホルンにフィリップ・マイヤーズ登場!でけーなーマイヤーズ。そして、うめーなー。何たる存在感(視覚的にも聴覚的にも)。

「ダフニスとクロエ」は明らかにオケの集中力が違いました。マゼールのほんの少しの指の動きだけで一気にオーケストラの色彩が変わるのです。クライマックスの部分、オケがブワーっと音量を上げると四階席に座っていた自分が風圧で吹っ飛ばされそうになりました。本当に吹っ飛ばされそうになったんですよ。

このニューヨーク・フィルの色彩の豊かさはフィラデルフィア管にはまったくないものです。フィラデルフィア管はまあ言ってしまえば、一色しか色のないオーケストラです。(しかしそれは飛びきり美しい色なのですが。)ニューヨーク・フィルはさっきまでモノクロだった色を、一気にギラッとした金色に変えてしまう凄みがあります。

しかし僕はマゼールに完全にまいってしまいました。
今「現役最高の指揮者は誰だと思う?」と聴かれたら、迷わず「マゼール!」って答えそうですもん。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-27 06:53 | クラシックの演奏会
フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Jan. 28, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

モーツァルト: クラリネット協奏曲
チャイコフスキー: 交響曲第六番「悲愴」

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
リカルド・モラレス: クラリネット

フィラデルフィア管の"Late Great Works Festival"最後のプログラム。今回はモーツァルトとチャイコフスキーの晩年の曲です。

今日の演奏会ではこのオーケストラの新しい首席奏者でもあるモラレスのクラリネットが印象に残りました。
去年このオケを聴きはじめたころから透明で美しい音色のクラリネットだなとは感じてはいたのですが、同時にオケで吹くクラリネットとしてはあまりに繊細すぎやしないかとも思っていました。せっかくの音色も、フィラデルフィア管のギラッとした弦と混ざると存在感が薄くなってしまうのです。

しかしこのモーツァルトの協奏曲を聴いてからは、そんなネガティブなイメージもぶっ飛んでしまいました。今ではどんな曲中でもモラレスのクラリネットの音を無意識に探すようになる始末。これからは皆さんもフィラデルフィア管を聴くときはモラレスの音に要注目デス。

楽器というのは、擦るとか、叩くとか、振動させるとか、普通に考えたら不愉快なものにしかなりえない「音を出すという行為」を、鍛練に鍛練を重ねることによって、美しいものへと昇華させていくわけです。(だから僕たちシロウトの発する楽器の音はすべからく不愉快なわけですが。)乱暴にいってしまえば、そういった擦るとかふるわすとかいった行為を感じさせない音こそが、美しい音な訳です。

(注:「乱暴にいってしまえば」と書いたのは、そういった擦るとか、叩くとかいった行為を前面に押し出すことによって、美しい演奏をする人もなかには存在するからなのですが。)

モラレスの音はまさにそれ。音を発するという行為(クラリネットの場合はリードをふるわせるという行為)をまったく意識させずに、音だけがそこにあるといった感じでしょうか。そこには確かに見えるのに決してつかむことができない幻影のような、そんな音色でした。
いやー、いいもん聴いた。

悲愴も大変いい演奏でした。どうもエッシェンバッハはシリアスな曲をシリアスに指揮すればするほど、いい音楽になるようです。こちら側もそれをシリアスに聴く感じがいいと思います。(ネタ演奏としてではなしに。)

フィラデルフィア管はチャイコフスキーの大音量の個所ですら、金管はそれほどでしゃばらずに弦楽器をたてます。弦が最大の魅力であるフィラデルフィア管ならではといえるでしょう。金管が爆音でドバ~の「フェドセーエフ/モスクワ放響」的(偏見)なチャイコフスキーが聴きたい人には物足りないかもしれません。

しかしねえ、この街の観客というのは本当に酷いよ。この演奏会でも悲愴の三楽章が終わったあと、会場に響きわたるほどの拍手喝さいがありました。エッシェンバッハはそんな喝采のなか、四楽章を始めちゃうし。ぜんぜん聴こえなかったよ。ストコフスキー・シフトから弦の並びをかえた意味が、この四楽章冒頭でわかるかなーと楽しみにしてたのに。
ビックリしたのですが、まあこういう流儀が海外ではあるのかなーと思っていたら、隣に座っていた老人二人組みが「え、まだ終わりじゃなかったの?」とかひそひそ話しているし。なんだよ、みんなリアルに曲知らなかったのかよ。四楽章の終わりでも、まだ曲が終わってないのに拍手始めるし。(まあ、これはよくある話ですが。)

毎回こんなのばっかりです。この街の聴衆については書きたいことがいっぱいあるのですが、また別の機会に。

それにしても悲愴はコンサート向きではないのかなあと考え込んでしまいました。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 15:56 | クラシックの演奏会
フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Jan. 21, 05)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

モーツァルト: 「魔笛」序曲
リヒャルト・シュトラウス: オーボエ協奏曲
リヒャルト・シュトラウス: メタモルフォーゼン
モーツァルト: ピアノ協奏曲第27番

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
リチャード・ウッドハムズ: オーボエ
エマニュエル・アックス: ピアノ

いつもフィラデルフィア管のプログラミングには感心させられます。

フィラデルフィア管は一月に"Late Great Works Festival"と称して、作曲家たちの晩年の曲でプログラムを組んでいました。今回はモーツァルトとリヒャルトの最晩年の美しーい4曲を堪能しました。

でも、10年近くアマオケで楽器吹いてると、こういうプログラムみて「あー、トロンボーンとトランペットの出番は最初の魔笛5分強だけかー、気の毒」とか、どうでもいいことを考えてしまうのですが。

ウッドハムズのオーボエは、目を閉じて聴いていると、さながらお花畑を舞う蝶のよう。ふわりと舞い上がっては、花にとまり。ってなにを恥ずかしい妄想してるんだか…。しつこいようですが、ホリガーとはとても同じ楽器とは思えません。あー、この曲大好き。

メタモルフォーゼンはフィラデルフィア管の弦らしく、とても色彩感豊かなであたたかみのある演奏。例えるならばピンク色か。本当のところを言うと、この曲はもっと透明な音色というか、うかつに触ると凍傷になってしまいそうな冷たさとか、そういう演奏が好みなのですが(そういう音楽だと思うし)、これだけ面白く聴かせてくれれば文句を言うことはできません。

アックスによるピアノ協奏曲では第二楽章冒頭がとても印象的。ピアノ独奏で始まり、その旋律をオーケストラが繰り返す部分、ホールの空間がさーっと色づいたように思えました。こういう瞬間に立ち会いたいがために、今日も演奏会場に足を運ぶわけです。

気になったのは今年に入ってから、弦の並びが

 1st Vn, Vc, Va, 2nd Vn

になったこと。去年まではたとえオール・バロック・プログラムでさえも、順番に高弦から低弦が並ぶフィラデルフィア伝統のシフト(いわゆる「ストコフスキー・シフト」)だったのですが。音楽監督エッシェンバッハの意向でしょうか?

正直な話、現在の弦のアンサンブルは若干ユルユル状態にありますが、それは仕方のないことでしょうし、すぐにリカバリーされることでしょう。でも、現在の流行かどうかは知りませんが、個人的な好みをいわせていただければ、フィラデルフィア管のヴァイオリンは1stと2ndが並んでムワーっとエロい音を出してなんぼだと思うわけです。

ま、僕の好みなど知ったこっちゃありませんが。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 14:38 | クラシックの演奏会
ジュリアード・カルテット演奏会 (Jan. 19, 05)
キメル・センター、ペレルマン・シアター

シューベルト: 弦楽四重奏曲 D. 703「四重奏断章」
モーツァルト: オーボエ四重奏曲 K. 370
カーター: オーボエ四重奏曲
ドヴォルザーク: 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」

ジュリアード・カルテット
ハインツ・ホリガー: オーボエ

プログラムによると、ジュリアード・カルテットはその結成メンバーは現在一人も残っていないようです。1946年結成。そりゃ、残っているわけないわな。
僕がCDで聴き親しんでいたジュリアード・カルテットといえば、ロバート・マンのフワ~としたヴァイオリンが印象的なベートーヴェンやバルトークだったわけですが、そのマンも1997年に引退したそうです。ぜんぜん知らんかった。

僕は弦楽四重奏というものにはまったく詳しくないのですが、メンバー交代を繰り返しながら何十年もその四重奏団の名を維持し続けるというのは、決してめずらしくはないのでしょう。そんな歴史の流れのなかで、どうやって四重奏団としてのアイデンティティを維持していくのか、音楽自体がどんどん変わっていっちゃうのではなかろうか、なんてことを演奏会のあいだ考えてました。

この演奏会ではとにかくホリガーのオーボエに度肝を抜かれました。こんなオーボエ、今まで聴いたことがありません。

とにかくその音の強烈なこと!音自体がなんかヤバ目の放射線でも出ちゃってるんじゃないかといわんばかりの圧倒的な熱量。「北風と太陽」なんて童話がありますが、聴いてて服を脱ぎたくなっちゃうような熱さでした。

この演奏会の二日後にリチャード・ウッドハムズによるソロでリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲のとても美しくてチャーミングな演奏を聴いたのですが、とても同じ種類の楽器から出た音とは思えません。

「情緒」がなんじゃい、「典雅」がナンボのもんじゃい、「詩情」なんぞ犬に食わせてまえ、信じられるのは自らの「音のチカラ」だけなのだといわんばかりの、ホリガーのオーボエ。カーターの四重奏曲のようなコンテンポラリーな音楽であればとーってもよくなじんでいるのですが、モーツァルトとなると、もう聴いててクラクラしてきます。いやー、すごかった。

ジュリアード・カルテットの音楽も、どちらかというと各奏者の音の力で勝負するアンサンブルのように聴こえました。ホリガーとは相性抜群。
[PR]
by ring_taro | 2005-02-26 13:42 | クラシックの演奏会
オペラ・カンパニー・オブ・フィラデルフィア公演 (Oct. 20, 04)
アカデミー・オブ・ミュージック

ドニゼッティ: ドン・パスクァーレ

指揮: コラッド・ロヴァリス
(歌手名等は省略)

オペラ・カンパニー・オブ・フィラデルフィアはフィラデルフィアのプロの歌劇団。年間4演目しかやらないけど。

当日券売り場で一番安い席はいくらか聞いたら、5ドルでした。5ドルて。

さすがに値段だけのことはあって四階席の一番スミ、普通に座っていたら舞台の半分ほどは見えないような場所でした。でも、開演時間が近づいていくと、周りの人はどんどん空いているいい席に移動していきます。いいのかなあと思っていたら、ホールの案内係の人が「席を移動する人は急いでくださーい」とか言いよる。公認かよ。それじゃ移ります。

ドニゼッティは『愛の妙薬』しか聴いたことがなかった(というかバンダで舞台にのったことがある)のですが、屈託のない聴いてて楽しくなる音楽ですね。かと思ったら、「人知れぬ涙」みたいなしっとりしたもの悲しい曲を挟んできたりして退屈しません。

ドン・パスクァーレも陽気で楽しくて、でも時々しんみりするようなオペラでした。でもパスクァーレさんはかわいそうっすよねー。僕が彼だったら、その後も時々は思い出してムカッときたりしそうな気がします。魅力的な歌も甥っ子のエルネストにばっか持ってかれてるし。

以上、つまんない感想ですいません。
[PR]
by ring_taro | 2004-10-22 10:55 | クラシックの演奏会
フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Sept. 25, 04)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

トーマス: トレインワーク
リヒャルト・シュトラウス: ドン・キホーテ
ドヴォルザーク: 交響曲第八番

クリストフ・エッシェンバッハ: 指揮
ダニエル・ミュラー=ショット: チェロ

(しばらくはちょっと前のコンサートを書いていこうと思います。)

指揮者としてのエッシェンバッハはあまりよく知らなくて、CDも何かの協奏曲の伴奏指揮しか持っていなかったと思います。なのであまりこれといった印象はありませんでした。彼の指揮って変わってますよね。ありていに言ってしまえば不器用です。ちょっとその不器用っぷりが昔テレビで見たショルティのそれに似ています。

多分エッシェンバッハのやりたい音楽って、(誤解を恐れずにいえば)相当下品なものなのではないでしょうか。今回座った席はオーケストラの後ろ側の席(サントリー・ホールでいうところのP席)だったので、彼の指揮っぷりはよく観察できたのですが、粘れるところではとことん粘ろうとするし(ドヴォルザークでそれをやると音楽がすごくブツ切りになる)、盛り上がるところではいちいち盛り上げようとするし。

面白いのは、フィラデルフィア管がその音楽の格調の高さを必死に保とうとがんばっていたところ。特にドヴォルザークではエッシェンバッハのエゲつなさと折り合いをつけながらしっかりとした音楽をつくりあげていった様に感銘をうけました。大人なオーケストラです。以前マゼール/ニューヨーク・フィルを「愉快な共犯関係」と書きましたが、エッシェンバッハ/フィラデルフィア管はさながら「緊張感をはらんだ共同作業」といったところでしょうか。まだオーケストラ側が優位に立っているような気がしますが、今後フィラデルフィア管がエッシェンバッハ色に染まるのか、それともエッシェンバッハ政権が短命に終わるのか、注目です。

というわけで、しばらくエッシェンバッハ/フィラデルフィア管から目がはなせませんよ。
[PR]
by ring_taro | 2004-10-19 15:29 | クラシックの演奏会
ニューヨーク・フィルハーモニック演奏会 (Sept. 24, 04)
リンカーン・センター、エーブリー・フィッシャー・ホール
b0044005_13245760.jpg
メシアン: 忘れられた捧げ物
メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン: 交響曲第七番

ロリン・マゼール: 指揮
マキシム・ヴェンゲロフ: ヴァイオリン

ちょっと前の話ですが、大学オケの先輩がニューヨークを訪れるというので、それなら一緒にコンサートを聴きにいこうということになりまして、行ってきましたニューヨークへ。ニューヨークはフィラデルフィアから一番速い電車で一時間ちょっと、一番遅いバスで二時間ちょっとくらいです。

いや、しかし、マゼールはすごいよ、普通じゃないよ。

最初は油断してました。だって、メシアンとメンデルスゾーンはまともだんったんですもん。ホールのせいもあるのかもしれませんが、ニューヨーク・フィルの沈みこむような暗い音色が印象に残りました。なんかこう、演歌のステージとかで、ステージからドライアイスがモワーっと客席に這っていくような感じの音色。

しかしそんなことで感心している場合じゃなかった。

ベートーヴェンの七番は出だしの一音からもうただものじゃない雰囲気を漂わせる。「ズゥウゥワァーァン」て。そしてそのおかしなテンションを最後まで保ちつづける。いや、ますますテンションがあがってきたぞ。第二楽章はちょっとびっくりするほど速いテンポで始まるが、そこはマゼール/ニューヨーク・フィル。細かい部分にまで表情付けはおこたらない。伸縮強弱自由自在。第三楽章は普通に演奏されると退屈な楽章なんだけど、マゼールは退屈なんかさせないよー。弦の細かーいボーイングにまで芸を仕込むよー。ガシガシ弦をこすらせといて、最後にエロいアップとかね。そんで第四楽章はもう悪ふざけ一歩手前。ホルンなんて最初はわざとダルダル吹いてるのにクライマックスでは大咆哮。あのメンデルスゾーンの渋ーい音楽はいったいどこにいってしまったのでしょうか?お客もノリノリ。

一番関心したのはマゼールが曲の隅からスミまで仕掛けを仕込んでいるのに、ニューヨーク・フィルがしっかりと対応していること。まさに愉快な共犯関係。しかも「わかる人にはわかる」っていうような奥ゆかしい仕込みかたではなくて、「はーい!実はここでちょっと面白いことしまーす!でもみんなには内緒ですよー!」って大声あげながら練り歩く感じ。つまり愉快な共犯関係は観客にまで広がるのです。そりゃ楽しいわな。

紆余曲折はあったのでしょうが、こんなおもろいことができるニューヨーク・フィルの音楽監督につくことができたマゼールはやはり幸せ者だと思うし、そんなおもろい音楽を毎週のように聴くことができるニューヨークの人も幸せだと思いました。あー、また聴きに行きたいなー。でもさすがに気軽に行ける距離ではないですよね。

ちなみにこの日はマチネーだったのですが、開演時間が午前11時という日本ではあり得ない早さ。ほぼ朝じゃん。でも客席はほぼ埋まっているのです。すごいですね。しかも、フィラデルフィアでもマチネーだとそうなのですが、お客さんはほとんどがご老人。客席一面白髪頭。まるでキャベツ畑のようでした。
[PR]
by ring_taro | 2004-10-19 13:01 | クラシックの演奏会

オルガン付き、異形の美

ケネット交響楽団演奏会 (Oct. 16, 04)
ウエスト・チェスター大学、エミリー・K・アスプランド・コンサートホール

リヒャルト・シュトラウス: ドン・ファン
マーラー: さすらう若人の歌
サン=サーンス: 交響曲第三番「オルガン付き」

メアリ・グリーン: 指揮
ランデル・スカラータ: バリトン

ケネット交響楽団はフィラデルフィア近郊チェスター・カウンティーのプロオーケストラ。アメリカは結構小さな街にもプロオケがあったりします。ウエスト・チェスターの知人を訪ねるついでに、今シーズンのオープニングコンサートに連れていってもらいました。

技術的にどれくらいのもんなんだろうなーと聴く前は思っていたのですが、とても楽しかったです。オケ全体で音を鳴らしきっているので、聴いててとても気持ちがいい。(特にドン・ファン。)

しかしプログラミングがとてもいいですね。この三曲は作曲された年が大変近いのです(ドン・ファン1888年、さすらう若人1896年、オルガン付き1886年)。リヒャルトとマーラーの関係はよく話しにのぼったりしますが、サン=サーンスの年代不詳気味な曲をこの流れのなかに置いてみると、おぼろげながら何かが見えてくるような気がしませんか?ケネット交響楽団はドイツ音楽だのフランス音楽だのと曲によって演奏を変えるようなことはしない(出来ない?)ので、そのことになんかえらく感心してしまいました。

「オルガン付き」はとにかく「異形」の音楽です。中途半端な二楽章形式、ピアノとオルガンの不思議な使い方、微妙にずらさながらグルグルめぐる旋律、それでいてクラシカルな響き。この音楽、リヒャルトとマーラーが作曲のキャリアを始めた時期につくられたものなんですね。

「オルガン付き」は美しい音楽です。ちなみに僕は大学オケでこの曲を演奏したことがあります。「さすらう若人の歌」自体はやったことはありませんが、この曲がベースになった交響曲第一番はやったことがあります。聴いててとても懐かしくなりました。

ところで「さすらう若人の歌」の「若人」は「わかと」とは読みません。それはそれで意味が通ってしまうのですが。
[PR]
by ring_taro | 2004-10-18 12:02 | クラシックの演奏会
フィラデルフィア管弦楽団演奏会 (Oct. 15, 04)
キメル・センター、ボライゾン・ホール

ドヴォルザーク: スケルツォ・カプリチオーソ
ウルマン: 交響曲第二番
ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第三番

ジェームズ・コンロン: 指揮
イェフィム・ブロンフマン: ピアノ

金曜午後2時からのコンサート。平日の昼間なのにあいかわらずよくお客が入ってます。

ビクトール・ウルマンは1944年にアウシュビッツで亡くなった作曲家。今年度のフィラデルフィア管弦楽団のコンセプトである「ドヴォルザークとその周辺」の一環だそうです。僕はこの作曲家を存じあげませんでしたが、比較的聴きやすい音楽でした。

メインはラフマニノフのピアノ協奏曲第三番。なーんか大きなお兄さんが入ってきたなーと思っていたら、それがブロンフマンだった。とにかく美しい音色、それにつきます。ラフマニノフのピアノ協奏曲って、コンサートで聴くとオケがピアノの音をかき消しちゃって欲求不満気味になることが多いのですが、ブロンフマンのピアノにそんなことは心配ゴム用。弱音もすごくきれいでした。これがアレか、“ヴィルティオーゾ”ってヤツか。

コンロン指揮のフィラデルフィア管もブロンフマンのピアノをしっかりとサポート。

幸せな午後のひと時でした。
[PR]
by ring_taro | 2004-10-16 18:03 | クラシックの演奏会