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カテゴリ:アメリカを歩く
  • 遊園地がやってきた
    [ 2005-05-13 23:52 ]
  • シカゴから帰ってきました
    [ 2005-05-11 00:49 ]
遊園地がやってきた
ある日、普段通っている道沿いの原っぱに、突然遊園地ができてました。

地元の消防署のファンド・レイジング活動の一環のようです。移動遊園地を見たのは初めてだったので、ちょっと興奮してしまいました。



こういうの、なんていうんでしたっけ?フリーフォール?
いずれにせよ、普通の遊園地にあるやつより危険そうな凄みがあります。


メリーゴーランドのなかに一匹パンダ発見。なぜパンダ?
ていうか怖いんだよ、お前。

ところでこの遊園地があった週末はずっと雨。(この日も終日閉園。)
ほとんど使われること無く、遊園地は去っていきました。

気の毒すぎる。。。



すいません、次は音楽のこと書きます。
by ring_taro | 2005-05-13 23:52 | アメリカを歩く
シカゴから帰ってきました

ながらく更新を怠ってしまいました。
多くの方に不義理をしてしまいました。申し訳ございません。

ここ一週間のあいだ、ワシントンDCだのシカゴだのに行っていたのです。

シカゴではシカゴ響を聴いてきました。
この演奏会に関しては、後ほど書きます。


ところで移動中の飛行機で、しばらく前に買ったままだった村上春樹の『海辺のカフカ』を読んでいました。そしてそこで書かれていたシューベルトのことを考えていました。

この小説のなかで、登場人物の一人がシューベルトのニ長調ソナタについて、ブレンデルとアシュケナージの演奏を個人的にあまり愛好しない、なぜならシューベルトというのは「ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽」だからだと言っています。

そういうものかなと飛行機の座席で思いました。
あまり同意する人は少ないかもしれませんが、僕はブレンデルのシューベルトが大好きなのです。そしてもっと同意する人は少ないかもしれませんが、僕はブレンデルのピアノの最大の魅力は、その研ぎ澄まされた美意識だと思うのです。青白い炎のようなシューベルト。

ただ、そのとき無性に聴きたくなったのは、ルドルフ・ぜルキンのものでした。
アパートに帰ってさっそくゼルキンのニ長調ソナタを聴いてみます。なんという強靭なタッチ。なんという強い意志。自分の進むべき道にすこしも迷いのないピアノ。

それは「逍遥」に例えられるシューベルトの音楽からすれば、かなり異質なものかもしれません。ゼルキンもそれはわかっていたのかも。しかし彼には「これ」しかないのです。

そこで僕は「ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽」の意味がちょっとわかったような気がしました。


(写真はシカゴ交響楽団の本拠地、セオドア・トーマス・オーケストラ・ホール。フツーのビルに見えます。)
by ring_taro | 2005-05-11 00:49 | アメリカを歩く