アメリカはフィラデルフィアに住む“りんたろう”のブログ


by ring_taro
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カテゴリ:クラシックの曲紹介( 3 )

参考CD ポリーニ/クレツキ/フィルハーモニア管弦楽団(EMI)

ショパンが20歳の時の作品。まだ彼がポーランドにいた時代のものです。

一楽章。とにかく序奏が長い。ピアノソロが登場するのは実に4分が経過したあたりです。退屈に感じるかもしれませんが、これはもう我慢してピアノの登場を待ち焦がれるしかありません。しかしこの4分間、意味がないわけではありません。この楽章で展開される主題を提示してもらっているのです。この部分で旋律を頭に叩き込み、ピアノソロがそれらをどう料理してくれるのかワクワクしましょう。いうなれば食事前に「今日の食材」を見せてもらっているとでも考えてください。

まあ、要するに料理は始まっていないわけですが。こういった苦行はベートーヴェンの三番、ブラームスの一番などでも要求されます。
ただこの序奏部、スコアを見ながら聴くと幾度も転調を繰り返す様がとても巧みで面白いのですが。

で、ソロにはいってからも長いです。(通常、一楽章だけで20分前後近くかかります。)贅のかぎりを尽くしたかのようなめくるめくピアノ技巧と叙情をお楽しみください。

二楽章と三楽章は真っ当な長さですから、安心してお聴きください。
「ロマンス」と題された二楽章は管楽器が彩り程度の最小限の出番しかなく、ピアノソロと弦による伴奏というかたちで進んでいきます。ちょっとだけ気まぐれに紡がれる美しい旋律を堪能しましょう。三楽章は一転して快活なポーランドの舞曲です。

白状しますとこの曲、個人的に長らく「苦手な曲」でした。序奏部がとにかく退屈だし、ピアノソロが入ってからもショパンを楽しむにはあまりにも長すぎると感じていたからです。しかしポリーニの1960年録音のCDを聴き、その苦手意識をようやく払拭することが出来ました。とにかくこの録音は素晴らしいです。今までありがとう、アルゲリッチさん、ルービンシュタインさん。

このときポリーニは18歳。この録音の後すぐ8年に及ぶ研修期間(雲隠れ)を経て70年代以降一世を風靡するピアニストになるのですが、この時点で完成されているその凄まじすぎる技巧には驚くほかありません。そしてそれ以上に評価したいのは、この協奏曲にまとわりつきがちな気まぐれやセンチメンタルや優しさといった甘っちょろいもんを排したポリーニのストイックな姿勢です。ショパンの小品ならそういった軟派なものも必要かもしれませんが、40分に及ぶこの曲でやられると退屈になってしまうのです。実は70年代のポリーニのショパンに比べるとそれでも結構自由に弾いていると思うのですが、しかし曲全体を貫く強い意志に感服します。

クレツキ指揮のフィルハーモニア管もポリーニをしっかりとサポートしています。特別に何かをしているわけではないのですが、「ああ1960年頃のフィルハーモニア管だなあ」と安心させてくれる響きです。でも「フィルハーモニア管らしい」サウンドってなんだろう?少し薄めの弦のくすみつつも光沢のある響きかなあ。クレンペラーの指揮したものにはあまりないんですよね。カラヤンなんかが典型かな。

ちなみに僕の持っているCDにカップリングされている68年録音のバラード第一番は必聴です。人間として持っていけなきゃいけないいくつかの感情が欠落しちゃってるんじゃないかなあとすら思う、もはや悪魔の所行としか思えない演奏です。
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by ring_taro | 2006-09-21 23:58 | クラシックの曲紹介
参考CD ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団(EMI)

苦難の時に幸せな日々を思い出すことほどつらいことはありません。
あなたの師はおわかりになるでしょう。しかしあなたが私たちの愛の始まりを知りたいと強く望むのであれば、私は涙を流しそして語りましょう。
ある日、私たちはランスロットの物語を読みながら楽しい時を過ごしていました。彼がいかに愛の虜となったかの物語をです。
私たちは二人きりでした。なにもやましい思いなどありませんでした。
読み進めるうちに何度か私たちの目があい、血の気がひくのがわかりました。
しかし私たちを打ち負かしたのはたった一度、ほんの一度のことだったのです。
それは愛する人の口づけを待ち焦がれる微笑みのくだりを読んだとき。
この人は、そう、二度と別つことなどできないこの人は私の震える唇に口づけました。
ガレオットがその書であり、それを書いた人だったのです。
その日はもうそれ以上読み進みませんでした。

この話を語っているあいだ、もう一つの魂はずっと涙を流していた。
私はあまりの哀れさに気を失ってしまった。死んでしまったかのように崩れ落ちてしまった。
    (ダンテ『神曲』より)

この一説はチャイコフスキーが『フランチェスカ・ダ・リミニ』のスコアに記したものです(注)。フランチェスカとその義弟パオロはその密会を夫であり兄であるジャンチオットに見つかり殺され、地獄に堕ちます。そこで二人は吹き荒ぶ嵐のなかを永劫飛ばされ続けるという罰を受けます。地獄を旅するダンテは嵐のなかを寄り添うように飛んでいる二人に興味をおぼえ、フランチェスカからその事情を聞いてあまりの哀れさに気を失うというお話です。

この曲は大雑把にいうと序奏+ABAという形式です。
重苦しい序奏の後、地獄の嵐のパート(A)、クラリネットのカデンツ的なソロに導かれたフランチェスカの語る愛のパート(B)、そして嵐のなかに戻るフランチェスカとパオロと気を失うダンテを描いたパート(A)です。
彼がもう少し若い頃に作曲した『ロミオとジュリエット』に比べて今ひとつマイナーなのは、この衝撃的かつ悲劇的なエンディングのせいでしょうか。それとも題材が『ロメジュリ』の方がポピュラーだからでしょうか。中間部の愛の旋律の甘美な魅力は甲乙つけがたいものがあるのですが。

おすすめのCDは1991年録音のリッカルド・ムーティ指揮、フィラデルフィア管弦楽団のものです。嵐の部分のタイトなビートと緊張感、中間部の甘くそれでいて厳しいカンタービレ、まさにムーティのためのような曲です。フィラデルフィア管弦楽団は金管の能天気な軽さがちょっと気になりますが、弦の美しさに心を奪われます。

ちなみにムーティ/フィラデルフィア管には、こちらも「愛」と「地獄」を描ききったベルリオーズの『幻想交響曲』の録音もあります。あわせてお聴きになったらいかがでしょうか。

その他の録音ではムラヴィンスキー/レニングラード・フィルがいいです。録音だけでなくライブのDVDもでていて、これがとても面白いです。晩年のムラヴィンスキーの指揮は(チャイコフスキーの五番やショスタコーヴィチの五番などでは特に)もうほとんど指揮とはよべないような両手をなんだかひょろひょろしてる感じのものなのですが(まあ、そのちょっとした指のニュアンスからオケの音がグワーッと変化したりするのがたまらなく好きなのですが)、『フランチェスカ・ダ・リミニ』はさすがにやる機会が少ないのか比較的しっかりとした指揮ぶりです。なんだ、ちゃんと指揮できるんじゃん。

フィラデルフィア管の豊かな響きに比べ、よりストイックで険しい音楽となっています。フランチェスカとパオロの苦行を体感したいのならこちらかな。まあ冗談はさておき、クラリネット・ソロの独特な音色の魅力はちょっと他の演奏では聴けないものです。

余談になりますが、ロセッティに『パオロとフランチェスカ』という絵があります。中央部のダンテとヴェルギリウスを挟み、左には本を膝に口づけをかわす姿が、右には寄り添うように地獄をさまよう姿が描かれています。ものすごく素敵な絵ですし、機会があったらご覧になってください。曲により愛着がわくはずです。そういえばウィリアム・ブレイクにも同じ題材の版画があったな。確か気を失うダンテとつむじ風のなかに戻っていく二人が描かれていたはずです。


※注 上記の引用は私が英訳を自由に和訳したものです。そういった事情に加えて私の英語力と文学的センスにはかなり問題があるので、興味がある方はぜひ原典や出版された和訳をあたってください。
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by ring_taro | 2006-09-20 17:10 | クラシックの曲紹介
参考CD バーンスタイン/ウィーン・フィル (DG)

最初にお断りいたしますが、僕はこの曲とナポレオンとの関係とか「ハイリゲンシュタットの遺書」とか、そういうのを語るのが苦手です。この曲が書かれた背景について知りたい方は、買ったCDのライナーノートや演奏会のプログラムをご参照ください。たいてい触れられています。

さて、ハイドンやモーツァルトの交響曲、あるいは彼自身による第一、第二交響曲などと比べると、この英雄交響曲はなんとスケールの大きな曲でしょう。この広大な感じは彼の九つの交響曲のなかでも群を抜いているのではないでしょうか。英雄を聴くにあたって、この「広大感」を楽しむことが大切です。

ただ、逆の見方をすると、聴いてて退屈に思ってしまうことにもなりかねない曲です。ヘタすると50分かかる曲ですし。幸い、四つの楽章はそれぞれ特徴的な音楽でありますし、自分のいる場所を見失わないようにしっかり聴いて、このでっかい交響曲を楽しみましょう。

一楽章は最初の二音とそれに続く緩やかな主題がほぼすべて。この冒頭のエネルギーが10数分間持続していきます。途中、曲想の雲行きが怪しくなったり風雲急を告げたりしますが、常に頭の主題が鳴っているかのような安定感。この豊かな音の流れに身を任せましょう。

二楽章は葬送行進曲。葬送行進曲の常として、重い足どりのなかで色々な思い出が去来します。例えば(5:04)くらいから少しだけ音楽が明るくなります。そしてこのトリオの部分が終わって再現部になると、楽章冒頭以上に音楽が厳しく荘厳になります。切なさと慟哭が一気に押し寄せてくる感じです。こうした音楽の移り変わりが、この楽章の魅力です。次第に音楽が途絶えていくような終わり方もすばらしいですね。

三楽章はスケルツォ(速いテンポで明るくて少しおどけた感じの音楽)。たいていスケルツォは主部→トリオ→主部という形になります。バーンスタイン盤の場合、トリオは(2:48)から始まり、(4:26)から再び主部に戻ります。トリオのホルン三本による狩猟的な音楽に注目です。

四楽章は自由な変奏曲の形式です。(0:13)くらいから弦のピチカートによって提示される旋律が主題です。その後、(0:46)くらいからの第一変奏、(1:19)からの第二変奏と、最初は単純だったメロディが次第に複雑に色づき始めます。最後は一気にテンポが速くなり、熱狂のなかこの交響曲は終わります。

参照CDとしてバーンスタイン/ウィーン・フィル盤を選んだのは、何よりもオーケストラの響きの素晴らしさからです。まずはこうした充実した響きの「英雄」を聴くことによって、この曲のスケールの大きさを堪能していただきたいです。

そしてこの演奏のもう一つの魅力は、四つの楽章を一つの音楽として結びつけて曲としての完成度を高めているバーンスタインの音楽解釈です。特に三楽章冒頭、快活ななかにも二楽章の葬送行進曲を引きずったどこか不穏な雰囲気が感じられるはずです。ここの部分、何度聴いても怖いです。

その次に聴いてほしいのは、トスカニーニ/NBC響盤 (RCA)。
1953年と多少古い録音ですが、その響きの引き締まり方をバーンスタイン盤と比べてみてください。バーンスタイン盤の響きがブヨブヨに聞こえることでしょう。テンポも全体的に早めですね。音楽の凝縮度、集中力こそがトスカニーニの魅力です。人によっては息苦しいとさえ思うかもしれません。

しかしトスカニーニのすばらしさはそれだけではありません。特に旋律の歌わせ方に、彼の音楽の「アツさ」を感じるはずです。音楽への煮えたぎる情熱を強靭な意志によって凝縮された器に閉じ込めた演奏こそがトスカニーニなのです。
一度彼のリハーサルの音源とか聴いてみてください。そらもう、すんごいですから。

最後に聴いていただきたいのがジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管盤 (Arte Nova)。
前の二つの演奏とあまりに違う響きに驚くかもしれません。ジンマン盤は最新の楽譜解釈と、ピリオド楽器(曲が作曲された時代の楽器)の奏法を取り入れたとても新しい演奏です。弦があまりビブラートをかけないで弾いたり、木管のソロにところどころ「遊び」があるのはそのためです。

たとえば面白いのは一楽章の7:00あたり。ホルンのソロで音が駆け上がって、てっぺんのAs(ピアノで言うとラのフラット)の音を聴いてみてください。この音だけ、詰まった金属的な音がしませんか?ベートーヴェンが英雄を作曲した当時、ホルンに音を操作するキーはなく、このAsの音を出すには右手をベルに詰めて吹くしかなかったので、こんな音になるのです。現在のホルンにはキーがついているので、こんな奏法をしなくてもこのAsは吹けます(バーンスタイン盤の8:00あたり)。こうしたピリオド楽器の奏法がそこかしこに聴かれます。

この演奏、テンポの速さに驚きます。(例えば一楽章は15:36。トスカニーニは14:12ですが、これは提示部の反復を省略しているからで、実際はトスカニーニより速い。ちなみにバーンスタインは提示部を反復して17:44。)この速さでも破綻することのないオーケストラの機能美はすごい。そして、ただシステマチックなだけではない、魅力的な各楽器の音色。特に木管が絶品です。
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by ring_taro | 2005-08-18 21:44 | クラシックの曲紹介